「君は運命の人じゃない」
ベッドの中でそう言われて、軽く絶望した朝。
貴方の言うことはいつも信用がならないから、きっとそれも確実とは言えない。
「知ってるよ、他にも逢ってる人がいるってこと」
僕は威勢良くシーツから飛び出して制服に着替える。
「だって…わかるだろ?」
「そうだね、貴方はいい大人だもの」
サイドテーブルに置いた眼鏡を、貴方の鼻にかける。
「安積先生」
担任教師とこんな関係になってはや半年が過ぎようとしていた。
発端は…恥ずかしながら母親の浮気からの両親の離婚だ。突然出て行った母親が残したのは、年端もない小さな妹。
働きづくめの父親は家庭を省みる余裕もなく、僕は一家の家事を担当せざるを得なくなってしまった。
おかげで部活は辞めざるを得ないし、友達付き合いも悪くなる。
けれど、名字が変わらなかったために、僕は一切の説明を誰にもしてこなかった。
理由は、面倒だったから。
そんな僕の唯一の楽しみは、オンラインRPGで顔の見えない相手とチャットすることだった。
そこでよく顔を合わせるタイジという人とは、意気投合したというか、割と世間話以上の話をしていた。両親を早くに亡くし、苦労して大学を卒業していたという話を聞いていたので、僕はいつの間にか兄のように思っていた。
「リリカ、お前今日は大人しいな」
その日、いつものように僕たちはパソコンモニター越しに会話していた。
「実は、家に、居場所が、ないんです」
ややあって、返信。
「えっと、直接、話す?」
「えっ、オフ会ですか?」
「違うよ、お前未成年だろ。音声ってことだよ」
僕も、逡巡の後に返事をする。それは、秘密にしていたことがあったから。
「わかりました」
インカムをゲーム機に繋ぐ。
「…もしもし」
マイクボタンをONにして、イヤホンに届いたのは、思ったよりやや高めの声だった。
「あの、タイジさんですか、リリカです」
「!」
相手は息を飲んでいる。そりゃそうだ、声を聞いたら一目瞭然、ではなくて、どう言うのかなこの場合。
「…君は、やっぱり男の子だったんだね」
驚くのは僕の番だった。タイジさんは、今まで僕のことを「お前」と呼んでいたから。
posted by 亜希子(村蛙、くらぽ) at 23:32|
Comment(0)
|
散文
|

|